母の思い出

2023年2月 5日 (日)

『出張リハビリ』

4年前の2019年2月5日は曇りで9℃の火曜日、母が施設に再入所して72日目、この日は午後4時10分ころ面会に行きました。

まず受付の表示を見ると、前日までと変わって感染症が発生しているフロアから母の所が外されていました。

こういうことだけでも少しはホッとした記憶があります。

それからエレベーターに乗り母のフロアでドアが開くと、この日も目の前に母がいました。

前日は職員さんが「そろそろ来るよ」と言ってエレベーター前に連れて来てくれたのでしたが、この日は偶然だったようでした。

そのまま部屋に行って話をすると、この日は午前中にリハビリがあったということでした。

インフルエンザ対策で先生が母のフロアに来て、『出張リハビリ』が行われたと言いました。

先生がコンパクトな手すりを持って来てくれて、歩行訓練まであって少し歩いたとのことでした。

久しぶりにリハビリをすることができて嬉しかったのでしょう、母はその内容を事細かに教えてくれました。

体調も良さそうで、この日もむくみは無く、便通も柔らかいものが良く出ていると話していました。

前日、久しぶりにヤクルトを飲んだ効果かどうかは分かりませんが、この日も一本あっという間に飲み干していました。

頻繁に保湿クリームを塗ってもらっているようで、背中や腕のキズも無くなっていて、母は本当に元気でした。

2023年2月 4日 (土)

「そろそろ来るよ」と、お待ちかね

4年前の2019年2月4日は晴れて暖かい19℃の月曜日、母が施設に再入所して71日目、この日は午後4時10分ころ面会に行きました。

母のフロアでエレベーターを降りると、私の目の前で母は待っていました。

職員さんが時間を見て「そろそろ来るよ」と言って、エレベーターの前に移動させてくれたので「そのまま待っていた」とのことでした。

わざわざ歓迎してくれた母を連れて、部屋に行って話をすることにしました。

母の話では、この日は午後入浴をして、その後におやつを食べたということでした。

お風呂上りには保湿クリームを全身に塗ってもらったと、嬉しそうに報告してくれました。

また、痒かったのか腕を掻いたようで、かなり傷が出来ていたので看護師さんが状態を見てくれたとも言っていました。

そして、前日初めて着てもらった八分袖のパジャマの感想を尋ねると「寒くはなかった」とのことで、気に入ってくれた様子でした。

この日も午後に入浴をして昼寝をしていないので「よく眠れるかな?」と、このところ快眠が続いているので体調も良さそうでした。

それから脚のむくみも確認してみましたが、ほとんどわからないくらいでした。

ただ、何となく息苦しそうな話し方に聞こえたので母に尋ねてみると「鼻が詰まっている」と言いました。

施設で感染症が流行っていた時期なので少し心配しましたが、何度か鼻をかむと話し方も調子が良くなりました。

2023年2月 3日 (金)

脛が「細くなった」

4年前の2019年2月3日は晴れて14℃の日曜日、母が施設に再入所して70日目、この日は午後4時5分ころ面会に行きました。

母は食堂のいつもの場所にいて、ラジオを聴いているようでした。

この日も部屋に行って話をすることにしましたが、まず第一声で「今朝は久しぶりにパンが出た」と教えてくれました。

今回のパンはあんパンのような形をしていて、ジャムなどをつけて食べたそうですが「おいしかった」と嬉しそうに言っていました。

また前夜は7時ころにはベッドに来て、すぐに眠ってしまって、朝の4時頃まで何も覚えていないほど熟睡したようだとのことでした。

前日は昼寝もしないで『鬼退治で大活躍』をしたために疲れが出たのか、母はよく眠ったようでした。

それに前夜は「身体が痒くなかったこともあると思う」と、母は付け加えていました。

いずれにしても快眠のおかげもあって、母の体調はこの日も良さそうでした。

この日の夜も暖かそうだという予報が出ていたので、新しい八分袖のピンクのパジャマを用意してあげました。

着替えながら母は自分の脛を見て「細くなった」と、しみじみと呟いていました。

母の好きなリハビリの回数がすっかり減り、足取りも少し重くなってきた自覚もあるので、脚の細さをより寂しく思っていたのでしょう。

ずっとむくみがちだった母の脚が、むくみが無いと『こんなに細いのか』と思うほど細かったのは確かで、寂しく感じるのもわかりました。

2023年2月 2日 (木)

鬼退治で大活躍

4年前の2019年2月2日は晴れて13℃の土曜日、母が施設に再入所して69日目、この日は午後4時5分ころ面会に行きました。

母は食堂のいつもの場所にいて、うたた寝をしていましたが「こんにちは」と声を掛けると、母は「おっ」と声を上げて目を開けました。

まず第一声で「豆まきをやった」と言い、「男の人たちが鬼をやった」と続けて教えてくれました。

お昼を食べた後にやったので昼寝をしていないそうで「だから今寝ていた」と、言い訳のようなことも話しました。

「青鬼と赤鬼がいて、豆をぶつけた」と、母は楽しそうに笑顔で豆まきのことを話し続けました。

ただ「豆じゃなくて紙か」と訂正もして、実際には丸めた紙を鬼に向かって投げたということでした。

中にはやらなかった人もいたようですが、母は「私はバンバンぶつけた」と大笑いしていました。

「紙を拾って渡してくれる人がいたのでドンドン投げた」と言うので「大活躍だね」と私が言うと、楽しそうに頷いていました。

前夜の話では、身体が痒かったのでベッドで人を呼んだそうですが、誰も来なかったので「そのうち寝ていた」ということでした。

また、看護師さんが背中を見てくれて「ずいぶんきれいになりましたね」と言ってくれたことも嬉しそうに教えてくれました。

その他の体調も良さそうで、昼寝をしないで『豆まき』を楽しんだこともあって、上機嫌で声にも元気がありました。

今振り返っても、こういう日の面会は本当に楽しかったことを思い出します。

2023年2月 1日 (水)

「後光が差してる」「まん丸だ」

4年前の2019年2月1日は晴れて10℃の金曜日、母が施設に再入所して68日目、この日は午後4時5分ころ面会に行きました。

母は食堂のいつもの場所にいて、この日も「ここは暑い」と言っていましたが、確かに私も暑く感じました。

感染症のこともあって部屋で話をしましたが「ずっとヒマだった」と、この日もリハビリが無かったので残念がっていました。

着替えの際の車椅子とベッドとの移動にも「リハビリしないから脚がちょっと重い」と、不満を漏らしていました。

ただ、前日は夜7時くらいにはベッドに来て、その後ずっと眠っていて「朝5時まで何も知らない」と、珍しいことを話してくれました。

「今日は眠くないからおかしい」と母が言うので「それだけ寝れば眠くないでしょ」と私が笑うと、母も納得しているようでした。

快眠できたこともあってか、ヒマな時間を過ごしていてもこの日の母はとても元気でした。

食事もお粥ではなく柔らかい白飯だったそうで、おかずも珍しく白身魚の切り身が出て「おいしかった」と言っていました。

私が「おいしくいただけて良かったね」と母に言うと、母は「私は良かったわ」と答えてくれました。

また、前日撮影した写真を姉が見て「後光が差してる」と言っていたことを伝えると、母は写真を見て「まん丸だ」と大笑いしていました。

この日も前日の写真のような朗らかな表情をたくさん見ることができて、母の体調に問題は無さそうでした。

そして最後の挨拶は「また来ます」という私の言葉に「ご苦労さまでした」と、母が笑顔で返してくれました。

2023年1月31日 (火)

いい笑顔の写真

4年前の2019年1月31日は曇りで10℃の木曜日、母が施設に再入所して67日目、この日は午後4時ころ面会に行きました。

母は食堂のいつもの場所にいて、挨拶をすると「午後に入浴して背中や脚にクリームを塗ってもらって、おやつを食べた」と話しました。

身体にクリームを塗ってもらうのと同時に、皮膚科の医師に診てもらったとも言いました。

先日の通院時に気になったことで来てくれたのかは不明でしたが、保湿剤を塗ることは問題無いと言われたようでした。

このころは腕の内出血も目立ってきていて、特に激しい部分にはシールが貼られていましたが、その一部は古いものと交換されていました。

この日は入浴をしたので着替えはしないつもりでしたが、母が珍しく「半袖の肌着を替えたい」と言いました。

少し寒さを感じたのか、この冬に買った長袖でハイネックのピンク色の肌着に替えてあげました。

この日も体調は良さそうで、脚のむくみはほとんど無く、元気な声で話しながら笑顔も良く出ていました。

午前中にはタオル折りをしたり、歌を唄ったりしたことも教えてくれました。

ただ、気になるのが施設で感染症が出ていることで、この日も母はティッシュで鼻をかんだりしていました。

それでも鼻声ではなく元気でしたが、持参したマスクを一箱ベッドサイドに置いてきました。

この日はいい笑顔の写真が撮れました。

2019年1月31日

2023年1月30日 (月)

母のフロアで感染症が

4年前の2019年1月30日は晴れて10℃の水曜日、母が施設に再入所して66日目、この日は午後4時10分ころ面会に行きました。

この日は施設の受付に、母のフロアでも感染症が出たことが掲示されていたので、少し胸騒ぎがしました。

これまでは他のフロアで出ていたので面会室に行くことを自粛していましたが、自分のフロアでは対策も難しくなりました。

母のフロアに着くと、いつもの所に母の姿が見えないので心配しましたが、その時職員さんが話しかけてきました。

母がトイレに行っていることと、暫くはフロア内で面会するようにと伝えてくれました。

その間に母がトイレから出てきて「三日ぶりに出た」と、笑顔を見せてくれました。

部屋で話を聞くと、この日は午前中に久しぶりの習字をしたとのことでしたが「何を書いたか忘れた」と苦笑いしていました。

また、前夜は寝ていると身体が痒くなったので、職員さんを呼んでクリームを塗ってもらったということでした。

そして、この日の昼寝の時にも塗ってもらったとのことで、母の脚と背中はまだしっとりとしていました。

この日は話をしている間に母は咳込みだして「鼻がムズムズする」と言い、ティッシュで何回か鼻をかんでいました。

ただ、他に症状は無いようでインフルエンザではないようでしたが、少し不安な環境になってきました。

もちろん心配していても仕方のないことですが、マスクや水分など対処できることは何でもしてあげたい気分でした。

2023年1月29日 (日)

見慣れないおじいさん

4年前の2019年1月29日は晴れて10℃の火曜日、母が施設に再入所して65日目、この日は午後4時5分ころ面会に行きました。

母のフロアでエレベーターを降りようとすると、その乗降口に見慣れないおじいさんがいました。

その人はエレベーターのドアが閉まろうとすると手を入れていて、再びドアが開くのを楽しんでいるかのようでした。

新しく入所した人で帰りたがっていたのか、若しくは少し認知症もあるのか、そんな感じもしていました。

4年前のことでもこのような出来事はよく覚えていますが、その日の母の様子は記録を見てもあまりピンと来ません。

ただ、このころの母はいつも元気で体調も良く、心配といえば時々の便秘くらいだったように思います。

さて、この日の母は食堂の定位置にいて「頭に冷たい風が吹いてきて寒い」と、最初に言いました。

その後は部屋に行って着替えながら話をしましたが、午前中にリハビリをして午後は昼寝をしたと教えてくれました。

また、前夜は保湿クリームを塗ってもらって寝たのに「痒くて掻いた」と言っていて、確かに背中や右腕に傷がありました。

そのためこの時もクリームを塗ってあげましたが、脚にはむくみがほとんど無いこともわかりました。

この日はまだ便通が無いとのことでしたがそれほど心配している様子もなく、その他の体調には問題なさそうでした。

着替えが済んだ後には「暖かくなった」と、母は笑顔を見せてくれました。

2023年1月28日 (土)

「若い子が『これいいね』」

4年前の2019年1月28日は曇りで14℃の月曜日、母が施設に再入所して64日目、この日は午後4時ころ面会に行きました。

母はちゃんちゃんこを着て食堂のいつもの場所にいたので「寒いの?」と尋ねると「暑いけど背中が寒い」と言いました。

話をするために部屋に行くと、母は「食堂は暑い、廊下は寒い」とこの日の陽気に少し戸惑っているようでした。

この日はお昼前に入浴をしたそうで、その後すぐに昼食だったために慌しかったと、振り返っていました。

お風呂では「3人も4人も寄ってたかって洗ってもらった」と、そして「クリームも塗ってもらった」と、満足そうな表情でした。

また、入浴後にはドライヤーで頭を乾かし櫛を入れて帽子を被ったと、丁寧に説明してくれました。

母が帽子を被った姿を見て「若い子が『これいいね』と帽子のことを言ってくれた」と、嬉しそうに話してくれました。

そして、お風呂に入った後にご飯を食べさせてもらって「いい身分だよ」と、母は笑いながら言いました。

昼食後には昼寝をしてからおやつを食べたと言い、おやつは冷たいゼリーだったそうで「ペロッと食べちゃった」と、笑っていました。

便通は全然ないと言いながらも苦しくはないそうで、体調に問題は無さそうでした。

脚を見てもむくみは全然なく、母も「ないのよ」と嬉しそうに笑顔で言いました。

この日の母は本当に楽しそうな表情で、元気な声で一生懸命に話をしてくれたので、私も圧倒されました。

2023年1月27日 (金)

妙義龍が負け越した

4年前の2019年1月27日は晴れて10℃の日曜日、母が施設に再入所して63日目、この日は午後4時ころ面会に行きました。

母はカーディガンを着て食堂のいつもの場所にいたので挨拶をすると、「やっぱり暑い」と母は言いました。

職員さんが、相変わらず感染症の関係でしばらく9階は止めた方がいいというので、この日も部屋で着替えながら話をすることにしました。

母によると、この日は日曜日なので特に催しもなくまったりと過ごしていたということでした。

午後はいつものように昼寝をしたとのことですが、日当たりが良く暑いために「一時間ほどで起きてしまった」と言っていました。

背中と脚には保湿クリームを塗ってあげましたが、背中の掻き傷はほとんど無くなっていました。

また、早いもので「今日でお相撲も終わりだ」ということを母はしっかり分かっていました。

ご贔屓の妙義龍が負け越したことも知っていて、そんな母に翌日からの楽しみを何か探してあげないといけないと、私は思いました。

そして「何かおいしいものは出た?」と尋ねると、母は「今日もお粥は水が多かった」と不満を口にしていました。

前回パンを食べてから一週間が過ぎ、その後は出ていないそうで「『パン食べたい』と囁くといいよ」と私が言うと、母は大笑いしました。

この日の最後に部屋に備え付けの流しで車椅子の母が手を洗い、私がその後ろから肩に手を置いて「今日もありがとう」と声を掛けました。

このころ元気な母と話をするのが楽しかったので、何気なく掛けた言葉でしたが、唐突過ぎたのか母は不思議そうな顔をしていました。

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