母の思い出

2024年4月24日 (水)

『洗濯槽のカビ?』

昨日の記事の続きになります。

施設に入所中の母と私の声が掠れ始めたことで、その原因はウチでの洗濯物ではないかと考えました。

そして悪さをしているのが『ハウスダスト』ではないかと考えて、その対策のために急遽大掃除をしました。

ところで、私は普段ポケットにラジオを入れていて、母の施設への行き帰りにも歩きながら聴いていました。

そして、最近のラジオでは多くの番組が、いわゆるテレホンショッピングのコーナーを流します。

いつもは聞き流しているコーナーなのですが、このころに取り上げたある商品の説明が気になりました。

その商品が何だったか具体的には覚えていないのですが、いずれにしても洗濯に関する話が始まりました。

そして、その次に『洗濯槽のカビ』についての話になりました。

それを聞いて私は『洗濯槽のカビ?』と不審に思うと同時に、『これか?』と真犯人を見つけたような感覚になりました。

確かにこの当時のウチの洗濯物には、洗った後に何か粉のような物が点々と付いていることがありました。

私は『何だろう?』と思いながらもそのまま干していて、乾いた後には気にならなくなっていました。

結局、この時にラジオで聴いたこの情報で、私は『ハウスダスト』よりも『洗濯槽のカビ』を疑い始めました。

2024年4月23日 (火)

『ハウスダスト』が原因か?

2019年の今頃の時季、施設に入所していた母の声が掠れ始めました。

また、時期を同じくして私の声も母と同様になりました。

その時期の施設で風邪が流行っていたわけでもなく、喉の調子がおかしそうな人も見当たりませんでした。

そして母と私にも、掠れ声以外に風邪の症状があった訳ではありませんでした。

そんな時にテレビで見た『ハウスダスト』による症状が、その時の母と私の状態に似ていました。

ただ、私の症状が『ハウスダスト』によるものであるという説明は分かります。

ですが、離れた施設にいる母がどのようにしてウチの『ハウスダスト』を吸ったのかという疑問が残ります。

いろいろ考えた末に、毎日私が持ち運びをしている母の洗濯物が原因かもしれないと思い始めました。

そしてまた、この『ウチの洗濯物が原因』という説がもっとも納得できるように感じました。

それは多数の人達がいる施設の中で、母と私にだけ症状が出ていたからです。

ただ『ハウスダスト』といっても、どこのどんな埃や汚れが悪さをしているのか分かりません。

そこで滅多に掃除をしない私も、緊急で自宅の大掃除をすることにしました。

2024年4月22日 (月)

イヤな言葉

今年も桜の花が終わり、すっかり暖かくなってきました。

この時季は湿気もそれほどなく爽やかで、朝晩の寒さもほとんど気にならなくなってきました。

ところで、2019年の母は時々入院することもありましたが、それ以外は施設で過ごしていました。

私はほぼ毎日面会に行っていましたが、4~5月にかけて母の声が掠れていることがありました。

最初は『風邪かな?』と思いましたが、母に確認をすると「熱は無い」「他の症状も無い」とのことで、風邪ではなさそうでした。

そのため、私は『あの症状は何だろう?』と首を捻りながら帰宅しました。

そして、ほぼ同じ時期に私の声も掠れるようになってきました。

そんな時、家でテレビを見ていると『この時季に多い子供の不調』というような番組が放送されていました。

その番組を何気なく見ていると、今頃はやはり風邪は少ないと話していました。

その代わりに、似たような症状が現れるものとして『ハウスダスト』をあげていました。

確かに私はこまめに室内の掃除をする方ではないという自覚がありました。

そんな私にとって『ハウスダスト』とはイヤな言葉でしたが、掠れ声の原因を突き止めたような気がしました。

2024年4月21日 (日)

2人の見張り

このところ、ある男性と介護について話をしたことに関して、感じたところを記しています。

昨日はそれほど大変ではなかったウチの介護でも、一時キツい状況になったことを述べました。

その経験から、介護はなるべく関わる人数が多い方が良いと思っています。

その点で、話し相手の人の父親には認知症の症状もあるようですので、より人数が必要な気がします。

私の身近には幸い、認知症の人がいませんが、少し前にこんな体験をしたからです。

もう10年近く前でしょうか、私が行きつけの床屋さんで頭を刈ってもらっていると、ご家族の一人がその周囲を歩き始めました。

そして、その人の後ろに2人の人がついて歩いていました。

その光景を見て私は一瞬何があったのかと思いましたが、理容師さんの話では先頭を歩いている人が認知症だということでした。

つまり徘徊して外に出てしまうので、見張りが1人では見失ってしまうのだと言っていました。

当時もしかすると70歳にもなっていないその人は、身体的には元気なので結構遠くまで歩いてしまうとのことでした。

そんな事情も他人には知られたくなかったかもしれませんが、私は偶然知ってしまうことになりました。

同時に、介護の中でも認知症の大変さは特別だと実感したものでした。

2024年4月20日 (土)

できれば大人数で

昨日に続いて、先日ある男性と介護について話をした時のことです。

その人は現在の状況について「何だか、格好を付けられなくてね」と話していました。

それを聞いて私は『男はどうしても格好を気にするからなぁ』と感じたものでした。

もちろん男女というよりも個人の差かもしれませんが、私自身格好を付けたがるところがあるので、そんなふうに思ってしまったわけです。

いずれにしても、家族の問題を外の人に知られるのはあまり嬉しいものではありません。

ただ私の僅かな介護の経験からしても、なるべく多くの人に関わってもらう方が良い結果をもたらすような気がします。

それは、ウチのようにそれほど大変ではなかった介護でも、危ない時期があったからです。

2018年5月のことですが、骨折の入院から帰って来た母は精神的に不安定になっていました。

そのためか徐々に食事を取らなくなり、元気もなくなって、最後には一人ではトイレに行けなくなってしまいました。

そこで私は、母が夜中にトイレに行きたいと言った場合に備えて、母のベッドの近くで眠ることになりました。

そういう状況は確か2~3日しかなかったように記憶していますが、それでも私は睡眠不足でフラフラになってしまいました。

そんな経験から、介護はできれば多人数が関わった方が良いと考えるようになりました。

2024年4月19日 (金)

格好を付ける

先日、近所の男性と介護について少し話をすることがありました。

その人は私よりも少し年下だと思いますが、昨年母親を亡くしています。

そして現在は父親と同居していて、その父親は要介護1の状態だということでした。

その上少し認知症の症状もあるということで、いくらか疲れているような表情をしていました。

確かに最近も、その父親が一人で外出しているのを見たことがありますが、多少認知が怪しいかなという感じもしました。

ただ、父親にとっては昨年配偶者を亡くしたわけですから、精神的に参ってしまうのも当然なのかもしれません。

ところで、この時の会話の中で気になった一言がありました。

それは父親の認知症を気にしている男性の「何だか、格好を付けられなくてね」という言葉です。

やはり家族に介護を必要とする人や、認知症の人がいるとどこか引け目を感じてしまうのでしょうか。

私も母をウチで介護していた時は、ほとんど二人で引きこもりのような状態になっていました。

これは偏見かもしれませんが女性と男性を比較すると、男性の方が人の目を気にして格好を付けたがる人が多いような気がします。

それは育児や介護の経験の差によるのかもしれませんが、生活に関わるので格好を付けてばかりはいられないと認識する必要がありそうです。

2024年4月18日 (木)

遠慮しすぎ

今年も桜が散るとすぐに暑くなりました。

このところ毎年のようにそんな陽気が続いています。

昨日の記事にも記しましたが、私は早くから母を散歩に連れて行くことを考えていて、それに相応しい快適な気候を求めていました。

ところが2019年も暖かくなって桜が咲き、桜が散ったと思ったらすぐに暑さを感じるようになりました。

そのため初めて母を散歩に連れて行ったのが、この年の10月になってしまいました。

最初の時、母にはかねて散歩のことについて話をしていたので、とても楽しみにしていたようでした。

そして施設の周囲を散歩して戻って来たとき、母は「気分が良かった」と喜んでくれました。

また「みんなも行けばいいのに」とも言っていて、確かにその通りなのですが、そのためには親族が頑張らなければいけません。

結局、母との散歩は11月にも2回行きましたが、母は毎回楽しそうにしてくれました。

そんな母の表情を思い出しては『もっと早くから行けば良かった』と、尚更後悔してしまいます。

そんなわけで私の介護の経験からのアドバイスは、『できることは何でもしてあげた方が良いですよ』ということです。

もちろん人それぞれですから、本人の希望に応えることが大切ですが、介護する方が遠慮しすぎる必要はないように思います。

2024年4月17日 (水)

今年の桜

母が施設に入所している間、私はしばしば『母を散歩に連れて行きたい』と考えていました。

それもなるべく午前中に行きたいと思っていましたが、当時私は平日の午前中には仕事をしていました。

ですから行くとすれば日曜日ということになります。

そんなことを考えているうちに母の施設での生活も長くなり、ほぼ3ヶ月ごとに入退院をしたりもしました。

そして2019年4月の桜が終わろうかという時季に母は退院しました。

この時に私は「桜を見て感動した」と話してくれた母の言葉を聞き、『いよいよ散歩したいな』との思いを強くしました。

ただこのところ桜の季節が終わるとすぐ暑くなることが多く、この年もそれは例外ではありませんでした。

そして母は寒いのは苦手でしたが、暑さもまたあまり好きではありませんでした。

結局、そんなふうに天気や陽気を気にしているうちに、2019年の春も母を散歩に連れて行くことができませんでした。

そして2019年10月に初めて散歩に行くことになりますが、今でも桜の時季に行ければ良かったと思っています。

このように様々なことを思い出させてくれる桜の花ですが、今年の桜も昨日の強風であらかた散ってしまったようです。

最後に今年の桜に感謝するとともに、来年も美しく咲いて思い出を蘇らせてくれることを期待します。

2024年4月16日 (火)

桜の後は夏

このところ何度か桜の話題を取り上げました。

今年は桜の開花が遅く、葉桜に近くなってきましたが4月の中旬の今でもまだ見頃といえます。

それは3月が予想外に寒い日が多かったからですが、桜が咲いた後は平年よりも暑いくらいの日が続いています。

もしかすると、ここ数日は冷房を使っている場所もあるかもしれません。

最近はこのように、桜が散る頃には夏のような陽気になることが多くなってきました。

ところで、先日は2019年の母の様子をここに記しました。

その年の春、母は91歳になっていて、3月から4月にかけて入院していました。

私は『桜の時季には間に合わないかもしれない』とも思いましたが、何とか母は4月5日に退院して『最後の桜』を見ることができました。

そして、このころ私が気になっていたのは桜の他にもう一つあり、それは散歩でした。

退院直後のために桜を見に外出することはできませんでしたが、施設での生活に慣れてきたら散歩に連れて行きたいと考えていました。

理由は母が貧血気味で日光浴をさせたいということと、「リハビリに行って外を見る」と話していたことから喜ぶだろうと思ったからでした。

ただ、私の都合で『日曜日の午後がいいかな』などと考えているうちに、日差しの強い暑い日が続く季節になってしまいました。

2024年4月15日 (月)

大切な刺激

新聞のコラムに興味深い話が載っていました。

40年ほど前のことのようですが、母親がくも膜下出血の手術後に、ほとんど話ができなくなってしまったそうです。

このままではもう二度と母親と話ができなくなると心配した3姉妹の子供たちが、話し合って決めたのが週に一度の電話でした。

最初に毎日面会に行ける3番目の妹が、たくさんのテレホンカードを用意したそうです。

それを使って毎週末、2人の姉に電話をしてテレホンカードが切れるまで、母親と話をしてもらったとのことです。

もっとも内容は、姉たちが一方的に話して母親は返事をするくらいだったそうですが。

それでも、それが効果的だったのか主治医も驚くような回復を示し、母親はその後17年間生きることができたという話でした。

私も母の介護経験から思うところがあります。

それは、このコラムの電話のように何かしら刺激がないと人は簡単に衰えるということです。

例えば私の母の場合は、施設に入所後に家で過ごしていた頃よりもはるかに元気になりました。

それは体調が良くなったこともあったと思いますが、何よりもいろいろな刺激があったことが大きかったと感じています。

ウチでジッとしている頃と比べて、笑顔でよく話をしてくれましたし、目や耳の感度も明らかに良くなっていたのには驚きました。

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