気持ちの整理
昨日は6月生まれだった祖母の思い出について記しました。
その祖母のお見舞いにほとんど行かなかったことは今でも悔やんでいます。
それでも最後に会ったときに、祖母が「死にたくない」と私に言ったことは印象に残っています。
その時は突然そういう言葉を聞いて、私には祖母に掛ける言葉が見つからず、ただ『そうだね』と頷くばかりでした。
そして、それは30年以上前のことでまだ私も若く、そういう言葉もそれほど深刻に考えられなかったように思います。
ただ、祖母は90歳を超えていましたし、それまでに結構長い間病院のベッドで過ごしていました。
そんな状況でも、やはり「死にたくない」と思っているのだなと、少し不思議な気もしました。
同時に、人は年齢がいくつだろうとそれほど変わらないものなのだろう、という気もしました。
その後、私は両親を見送って自分自身も年を取りました。
まだ多少早いとしても、いつお迎えが来ても文句は言えないような年齢になりました。
それでも、今の私が最期の時を迎えるとしたら、もちろん「死にたくない」と思うでしょう。
そして、今後時がいくら経っても気持ちの整理はつかないような気がします。
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