桜を愛でる
このところ2018年3月23日に母が脚を怪我したことに関連して、その当時を思い出しながら振り返っています。
桜の花が満開になった2018年3月27日、私は怪我した脚を引きずっている母に「車で桜を見に行こうか?」と提案してみました。
この時母は既に90歳ということもあり、私の中には『母に見せてあげられる最後の桜かもしれない』という思いがありました。
それでも駐車場の手前には階段もあるので、脚を気にしている母は断るかと思いましたが、意外にも母は「行ってみたい」と前向きでした。
もしかすると母も同じように『最後の桜かもしれない』と思っていたのだろうかと前日の記事に書きました。
花見から帰宅後の母はやはり脚が痛かったのか、嬉しそうな表情などほとんど見られませんでしたので、この時の私の気持ちも複雑でした。
ただ母が亡くなって全てが終わった後、私は『この時に母を誘って良かった』と思っています。
というのは、この後すぐに母は骨折で入院をしてから、結局施設に入所することになります。
そして翌年の2019年の春、母は「今年のお花が見られるとは思わなかった」と言っていました。
この時は満開の時期には入院していて、何とか葉桜の頃に施設から外を眺めたことを報告してくれました。
それだけ2018年にはいろいなことがあり、おそらく母は心身共に苦しんだのでしょう。
ですから、この時期に桜を愛でるということは、母にとって大切なひとときだったのだろうと思います。
« 『最後の桜かもしれない』 | トップページ | 『一人で抱え込まない』 »
「介護・医療」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
「母の思い出」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント