相互の気遣い
ここ数日は、このごろ私がハマっている動物の動画を見たことで、改めて人間の生活についてもいろいろと考えています。
一つには、人間が飼育している動物は飼い主の生活の一部になってしまうということがあります。
よく『動物は飼い主に似る』と言われますが、一緒に生活をしているのでそれは当然のことのような気もします。
それは、どうしても食事や排泄の世話が必要だとすれば、動物側からすると飼い主が絶対的な存在になってしまうわけです。
そういう意味では、上手くやっている動物は人間にかなり気を遣っているのかもしれません。
また、表現としては適当ではないかもしれませんが、動物の飼育と育児や介護には多くの共通点があるように思います。
これらはどれも程度の差はあっても、食事と排泄の世話を欠かすことができません。
それでも世話をする側とされる側という観点からすると、育児はほぼ一方的という点で少し異なるのかもしれません。
その点で飼育される動物と飼い主という関係と、介護をされる人とする人の関係はかなり似ていると私は思っています。
もちろん人間と動物を同列に並べるのはどうかとは思いますが、飼育される動物の動画を見ながら私はその思いを強くしました。
というのは先ほども記しましたように、飼育される動物が飼い主に気を遣っていると思われる様子がよく分かったからです。
介護に関しても程度の差はあれ、する側とされる側との信頼関係が最終的な満足感と大きく関連しているように思います。
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