『最後の桜かもしれない』
このところ2018年3月23日に母が脚を怪我したことに関連して、その当時を思い出しながら振り返っています。
怪我をしてから数日の間、母は「脚の具合は少しずつ良くなっている」と言っていました。
確かに全く歩けないわけではなく、私が付き添えばトイレなどには行けるくらいでした。
そこで、桜の花が満開になった2018年3月27日、私は母に「車で桜を見に行こうか?」と提案してみました。
この時母は既に90歳でしたので、私の中には『母に見せてあげられる最後の桜かもしれない』という思いが少しありました。
それでも脚を気にしている母は断るかと思いましたが、意外にも母の答えは「行ってみたい」と乗り気でした。
この時に母の気持ちを尋ねた訳ではありませんが、もしかすると同じように『最後の桜かもしれない』と思っていたのでしょうか。
体調が万全なら満開の桜並木を堪能できたはずですが、やはり母は脚の痛みのためか、花見から帰宅後も反応がそれほどありませんでした。
それでも、私は今でも『この時に母を誘って良かった』と思っています。
それと同時に、ウチで母を介護していた時期には、外出する機会を増やしてあげれば良かったと反省しています。
特に天気の良い日には『散歩に連れて行けば良かった』と、今では強く思います。
家で親を介護する場合は、引きこもりがちな生活になりやすいですが、全てが終わった私からは『外に出る』ことをお勧めしたいものです。
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