気を遣わない世の中
4年前の2020年2月4日は母の四十九日の法要を行った日でした。
その日私は午前中には普通に仕事をしましたので、午後2時に会場の霊園に向かうのはとても慌ただしくなりました。
それでもお天気に恵まれ、静かな雰囲気の中で母のために法要を営むことができて、一安心したことを覚えています。
その当時を思い出すと、ちょうど横浜港にコロナ騒ぎの豪華客船が停泊していた時期でした。
ご存じのように、その後はしばらくコロナで世の中が振り回されることになりました。
そういう気を遣うことになる前に、母に関する行事を終えられたことは幸運だったと思います。
そしてもちろん、母自身もコロナの世の中を知らずに亡くなったわけです。
その後の高齢者施設や病院での面会禁止などの措置をみると、母が亡くなった時期は良かったとさえ思われます。
先日叔母が亡くなった際の葬儀はコロナの前とほとんど同じように行われました。
ただ少し違うのは広い会場が開放してあることと、座席の間隔がかなり開けられていたことです。
また、お坊さんが読経の最中も含めて、ずっとマスクをつけていました。
私はほぼ毎日、母に会うために施設や病院に通っていましたが、それはとても幸運なことだったのだと改めて感じています。
« 半世紀ぶりの挑戦 | トップページ | 干すから乾燥へ »
「介護・医療」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
「母の思い出」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント