干すから乾燥へ
2015年11月に母を介護するために休職をした私は、6ヶ月後に退職をして母が施設に入所するまで、2年半ほど家で母を介護しました。
介護といっても母の場合は、通院の付き添いや買い物など外出することが主で、家中では食事の管理くらいでした。
このところ、当時を含めて母の食事に関していろいろと思い出しながら、気付いたことなどを記してきました。
そして当時のことを考えていると、同時にその頃の生活についていろいろと思い出されてきました。
私は母に代わって食事の支度をするようになりましたが、もちろん他の家事についてもいずれは私が担当するようになりました。
それでも幸運にも母は年齢の割に元気だったので、本当に徐々に交代したという感じでした。
例えば洗濯のことでいえば、母は80歳頃まで、脱水まで終わった洗濯物を持って戸建ての家の2階に上がっていました。
その家は日当たりが良くなかったので、母はわざわざ日が差す2階の西向きの部屋に干しに行っていたわけです。
その後、腰を痛めてから2階に上がることを止めて、浴室に乾燥機を備えてほとんどのものはそれを使っていました。
よく80歳まで重いものを持って2階まで上がっていたと、私は今でも感心するばかりです。
そして自らの限界を知って、乾燥機の導入に踏み切った決断にも拍手を贈りたいところです。
こういった洗濯物を干す代わりに乾燥機を使うというのは、母が86歳で転居するまで続きました。
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