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2024年2月 2日 (金)

流し台の高さ

2015年11月に母を介護するために休職をした私は、6ヶ月後に退職をして母が施設に入所するまで、2年半ほど家で母を介護しました。

介護といっても母の場合は、通院の付き添いや買い物など外出することが主で、家中では食事の管理くらいでした。

このところ、当時を含めて母の食事に関していろいろと思い出しながら、気付いたことなどを記しています。

昨日は鍋料理がウチの定番になっていた頃に、母が野菜の準備をしていた思い出を記してみました。

このように昔の記憶を辿っていくと、次々といろいろなことが思い出されてきます。

鍋料理がウチの定番になったのは、当時の私の仕事に早番と遅番があり、夕食の時間がそれぞれで大きく違うことがありました。

遅い時間であっても、鍋であれば沸かし直せばすぐに食べられる上に、消化が良いという利点がありました。

ただそれ以上に、当時住んでいた戸建ての家が古いため、隙間風が入って極寒だったという理由も大きいですが。

ところで、このころ母は居間のテーブルを使って、テレビを見ながら椅子に座って鍋料理用の野菜を切っていました。

それは、一つには当時の母は腰を痛めてから外出は杖を使って歩いていて、家中でも長い間立って居られなかったことがあります。

ですから、料理の材料を切ることは座ってやれば良かったわけですが、他の台所仕事は徐々に難しくなっていきました。

特にその後の転居先となったマンションの流し台が少し高かったことは、母にとって台所仕事を更に難しくしていたようでした。

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