傾くカップで目を覚ます
4年前の2020年1月5日は晴れで12℃の日曜日、前年の12月20日に亡くなった母の葬儀は12月25日に終了しました。
この日は朝から本当に良い天気で、午後2~3時に南向きの窓際で日光浴をしていると、暖かさで気持ちが良く居眠りをしてしまいました。
そういえば、母もこの窓際で椅子に座ってよく居眠りをしていたものだと思い出しました。
そして、ある時にその様子を見ていた叔母が「あのまま死ねたらいいわね」と言っていたことも思い出しました。
確かに、気持ち良く居眠りをしているうちに事切れるというのは、理想的な最期かもしれません。
よく『ピンピンコロリ』などといいますが、実際にはそうはいかないことがほとんどでしょう。
それでも母の気持ち良さそうな居眠りを見ていると、そんなことを考えるのも良く分かります。
母は南向きの窓際に置いた椅子に座って、外の景色やベランダの花などを見ることが好きでした。
ダイニングで食事を終えた後にそこに移動した母に、私が食後のお茶を持って行くことがしばしばありました。
母はお茶の入ったカップを手で受け取って、少し飲んだ後にきまって居眠りを始めます。
当然ながら、お茶がまだたくさん入ったカップを両手に持って眠るのは危険で、周囲の者は注意しながらその様子を見つめます。
ただ、母は手に持ったカップが傾くと必ず目を覚まし、お茶を零したことがなかったのは本当に不思議でした。
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