蘇る東日本大震災の記憶
昨夜大きな地震がありました。
11年前の東日本大震災の時のように長く揺れていました。
震源も当時と近く、福島や宮城では震度6強の地域もあり、規模は小さいながらも津波も来たようです。
そして、やはり誰もが11年前のことを思い出したようです。
11年前の3月11日午後2時46分、私は仕事で外にいましたが、当時築45年ほどの自宅にはまだ介護が必要ない頃の母が一人でいました。
地震の後は電話がなかなか繋がらず、私は確か職場を午後4時半ごろ自宅に向かって帰ったように思います。
職場から自宅までは徒歩で3時間ほどで帰れることは分かっていました。
一般的な帰宅時間より早く職場を出られたためか、道路の人通りは少なく、途中の家並みも静かだったように記憶しています。
特に目立った被害がある家も見当たらず、「ウチも大丈夫そうだな」と、歩きながら少し不安も解消されつつありました。
携帯電話は全く繋がりませんでしたが、一時間ほど歩いたときに公衆電話を見つけたので、自宅の母に電話をしてみました。
意外にもすぐに繋がって、母も「怖かった」と言っていましたが、無事が確認できて安心したのを覚えています。
このごろ地震が多く、防ぎようもありませんが、覚悟と準備だけは怠らないようにしておきたいと思っています。
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