個人の努力の限界
最近は埼玉県ふじみ野市で起きた事件について考えることが多くなっています。
この事件については、介護の問題や訪問医療や訪問介護の問題などいろいろな方向から見ることができます。
つまり、これまでにも述べてきたように、介護地獄に陥って悲劇を招いてしまったという一面があります。
それ以外に今回の事件では、訪問して医療や介護を行うことの危険性も問題になっています。
そもそも訪問医療や訪問介護の現場の密室性は、ある程度避けられないものです。
この事件を取り上げた新聞記事によりますと、個人でそれなりに予防策を取っている人は多いようです。
それでもパワハラやセクハラを受けたという人が、半数近くに上るそうです。
結局、対策を個人任せにしていてはこれらの被害は無くならないのではないかと思います。
まずは、以前も書きましたが、介護者のストレスを減らすことを考えるべきでしょう。
同時に、訪問する立場の方も時間や人数に余裕を持たせることが必要になると思います。
つまるところ、対策ができないのは介護や医療の現場に人とお金が足りていない、ということが大きいのだと考えます。
個人の努力では限界があり、足りない部分は公的な援助が必要な時期に来ているのだということでしょう。
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