医師の疎通不足
このところ、母が通院していた病院に併設されている施設に入所できたことについて記してきました。
昨日までは、それはラッキーだったという面から述べました。
本日は数少ない悔いが残る部分について考えてみたいと思います。
母が入院していた病院には主治医がいましたが、施設でも母のいたフロアには担当の医師がいました。
併設されている二つの施設ですので、両方の医師同士が緊密に連携しているものだと思うのが普通ではないでしょうか。
少なくとも私はそのように考えていました。
ただ、実際は二人の医師が直接話をすることはなく、主に病院の主治医と施設の看護師が話をしていたようでした。
その辺りを私はしばらくの間、誤解していたのが今でも少し残念な点です。
そのようなことは病院でも施設でもよくありました。
つまり何らかの問題が起きた時、誰に話をするのが適当なのかはっきりしないということです。
そのため、全てが終わった今でも「ああすれば良かった、こうした方が良かった」などと後悔していることにつながっています。
今から思うと勝手な思い込みが問題で、嫌がられても何でも確認することが大事だったのだろうと思います。
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