« 個人の努力の限界 | トップページ | 精神的な安定こそ必須 »

2022年2月 7日 (月)

医療者の弔問

先日、埼玉県ふじみ野市で起きた医師が散弾銃で殺害された事件について、今日も新聞のコラムで取り上げられていました。

筆者は訪問看護もしていた方で、今回の事件で医師が弔問に行ったことについて複雑な思いがあるようです。

訪問看護を経験する前であれば、医療者が弔問することは理解できなかっただろうと言います。

しかし、介護者の自宅はまさに訪問看護をする現場であり、呼び出されれば行く人がいても当然でしょうとも言います。

ただ、医療者はいろいろなことから恨まれる場合もあるようです。

それは皆さんが良く承知しているので、危険が予想される場所は避けることが多いようです。

それでも今回のケースのように熱意のある医師は、呼ばれて行かないという選択肢はなかったのだろうということです。

結局、この事件は恨まれている可能性がある医師が自宅を訪問する危険性を可視化したケースで、その衝撃は大きいだろうとのことです。

今後医療者の弔問は慎重にならざるを得ないのではないか、というのが筆者の結論です。

ところで、この事件は様々な方向からいろいろと考えさせられる問題が多いと思います。

医療者が恨まれやすいこととか、訪問自体に潜む危険性なども重要な論点です。

ただ、これまで何度も強調しているように介護者が精神的、身体的、経済的に安心できる環境を作ることが最良の解決策だと私は思います。

« 個人の努力の限界 | トップページ | 精神的な安定こそ必須 »

介護・医療」カテゴリの記事

母の思い出」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 個人の努力の限界 | トップページ | 精神的な安定こそ必須 »

最近の写真