「いてくれてありがとう」
昨日は新聞記事に上がっていた、介護者が欲しいのはアドバイスではなく一緒にいてくれているという実感だということを取り上げました。
私が母の介護をした経験からしても、一人で一人の世話をするだけでも結構大変です。
ですから、何をして欲しいということでもなく誰かがいてくれると助かるという気持ちはありました。
また、それと同時に、介護をされる人にとっても介護者以外の誰かがいることが大切ではないかと私は思います。
これも私の経験で言えば、いつも一緒にいる二人では話題もなくなって黙りがちになることも多くありました。
つまり、誰かが傍にいてくれることは介護をする人もされる人も、より安心できる要素の一つだと思います。
ただ、介護者と被介護者が日常生活を送っているところに入った人は、何となく寂しさを味わうのかもしれません。
私もその立場に立たされたら、何をしていいのか戸惑うばかりだろうと思います。
ケースバイケースではありますが、介護は24時間ずっと手が必要なわけではありません。
ただ、必要な時に手が足りないと、いわゆる介護地獄に陥ったりする危険性があります。
そういった意味でも介護者からすると、誰かが近くにいてくれるだけで心強いものがあります。
何かあった時には、「いてくれてありがとう」と、そんな言葉を掛けたい気持ちになると思います。
« 一緒にいてくれているという実感 | トップページ | 大切な社会との関わり »
「介護・医療」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
「母の思い出」カテゴリの記事
- 「目が見えない」(2024.10.19)
- 午前3時に「トイレに行きたい」(2024.10.18)
- 為す術もなく、ただ不安(2024.10.17)
- 体液が滲み出る(2024.10.16)
- ステロイドか?(2024.10.15)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント