楽しく生きた『第二の人生』
2年前の2019年12月28日は土曜日、晴れて11℃の日、母が亡くなって一週間ほどが過ぎました。
その間、いろいろと考えることがありました。
一番よく考えたことが「ああすれば良かったのではないか、こうすればより長生きできたのではないか」ということでした。
確かに、もう少し早く入院していれば、もう一度くらい退院することができたかなとも思います。
実際に、母の誕生月が11月で、施設で行われる誕生会はその月の後半でしたから、それまで何とかなるといいな、と思っていました。
前年の11月も母は入院していて11月の誕生会は欠席しましたので、今回は楽しませてあげたいなという気持ちがありました。
ただ、その前にむくみや血圧の状況がかなり悪化していましたから、決断が遅くなったことを悔やむ気持ちもありました。
それでも今では、入院直前まで生活を楽しめた母は幸せだったかな、という思いが強くなってきました。
というのは、もう一度退院できたとしても、以前と同じような生活ができたかどうかは疑問だからです。
母は私が第二の人生と呼ぶ施設での生活を、予想以上に元気に陽気に過ごしてくれました。
そして、満面の笑顔で楽しそうに施設での話をしてくれる母に会いに行くのが私は楽しみでした。
ですから、もしももう一度退院できても、より弱々しくなっている母を想像すると、どんな感情を抱いただろうかと不安なものがあります。
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